ジャーナリスト 堤 未果
 
3月7日。安倍政権が力を入れる「国家戦略特区」の諮問会議は、今国会に提出する国家戦略特区法改正案に盛り込む規制緩和の追加策の中に「特区内での外国人医師受け入れ拡大」方針を固めた。 

現在、日本の医師免許を持たない外国人医師による診療は、「臨床修練制度」によって、厚生労働相指定病院で指導医の監督の下、研修としてのみ認められている。

政府が強調する外国人医師受け入れ理由は「日本の医師不足解消」だが、本音は医療ツーリズムの促進だろう。

外国人医師による診療に関しては、現在継続中のTPPの交渉テーブルに出されている、医師免許のクロスライセンスにつながってくるからだ。

TPPではものやサービスだけでなく、人の移動も自由化されるからだ。

TPPだけではない。

 

今年経済統合するASEAN(東アジア諸国連合)でも、医師免許の共通化が予定されているうえ、日本やインド、中国やオーストラリアなどを含む16カ国で交渉中のRCEP(東アジア地域包括的経済連携)では医療全般の大幅な規制緩和が行われる。

だが、クロスライセンスが解禁されて、医師達が国境を報酬や待遇のよさを求めて国境を越え始めることにはマイナスの影響も否めない。
 
例えば南アフリカは、医師や看護師がどんどん待遇の良い国へ流出してしまい、国内の医師不足が深刻なレベルになっている。同様にスイスでは、医師や看護師不足をポーランドからの移民で解決しようとした結果当のポーランドで医療従事者が足りなくなるという事態が引き起こされてしまった。
医療関係の人材を外国に取られてしまった国では、その分のしわ寄せが残された医師達に過剰な負担となってのしかかり、国民が十分な医療を受けられなくなっている。
 
医師のような高度人材は本来その国の財産だ。それをより良い条件で引き抜いてしまうことは、相手国に大きな損失を与えることになるだろう。
さらに、政府がかかげる「医師不足解消」という大義にも疑問符がつく。現在日本の医師達は、絶対数が足りない中で診療報酬をおさえられ、長時間労働という過酷な環境にいるからだ。そんな条件の国に、果たして他国から質の高い医師が集まるだろうか?
 
その問題を解消する方法が一つだけある。おそらくこれが、今回の外国人医師拡大の狙いだろう。外国人投資家達にとって、大きなビジネスチャンスをもたらすからだ。

外国人医師を受け入れる際、公的医療保険の診療報酬では高額な給与を払えない。そこで病院はそれを捻出するために、公的保険がカバーしない高額の自由診療をふやしてゆく。

 

その結果、公的健康保険でカバーされる診療は、病院のメニューの中から減ってゆき、自由診療がメインになってくる。外国人医師達が高給とりになれば、日本人医師達も同等の給与を要求するようになり、病院はさらに自由診療メニューを増やしてゆくだろう。

公的保険が使える治療が減り、国民健康保険だけでは医療を受けられなくなった日本人は、民間医療保険へも加入せざるを得なくなる。

こうして、外資系医療保険会社の悲願であった、日本市場への大幅な参入が実現するというわけだ。そしてこの体制が整備されたところでTPPが締結されれば、ラチェット条項により、広げられた規制は永久に固定化される。

 

「国家戦略特区」による経済成長とは、一体誰のためのものなのか。東日本大震災から四年目を迎えるこの時期に、深刻な医師不足に苦しむ被災地の姿が、政府の眼にはどう映っているのだろう。