ジャーナリスト 堤未果

 

2016年4月。自民・公明両党は、返済不要な「給付型奨学金の導入を政府に提言した。具体的な制度設計や財源に関する議論はこれから詰めてゆくという。OECD諸国内で唯一「給付型奨学金」を持たない日本。学資ローンは初めは無利子のみだったが、1984年に中曽根政権が新設した有利子枠が十年で約十倍に拡大、今では四分の三が有利子だ。2007年には民間金融機関も参入して実質的な金融事業と化し、学費高騰と非正規雇用急増による世帯年収下落などから、大学生の2人に1人が借りている学資ローンの延滞率は、年々上昇している。

 

学生の七割が平均400万円弱を借り入れ、4人に1人が返済が延滞又は不良債権化しているアメリカでも、「学資ローン問題」は深刻な社会問題だ。熾烈な大統領選が繰り広げられる中、教育無償化を掲げる民主党のサンダース候補に若者の支持が集まっている最大の理由もここにある。オバマ大統領が実施した返済期限延長や金利減免、給付型奨学金枠拡大などがさほど効果をあげないのは何故なのか?それは問題の本質が、「教育のビジネス化」にあるからだ。

 

アメリカで「教育のビジネス化」が始まったのは80年代のレーガン政権だ。政府はそれまで「社会的共通資本」だった教育を「成長産業」として教育予算の削減を開始、経営難になった大学はその分を授業料に上乗せし始めた。学費は年間5ー10%で上昇を続け、今では州立大学でも授業料が80年代の3倍に上昇、需要が増した民間の「学資ローンビジネス」が学生達をターゲットに数十億ドルの巨大産業に成長していった。

アイビーリーグと呼ばれる一流校に資金が集中し、富裕層だけが質の高い教育を受けられる状況は教育と経済格差を悪化させる。法外な利益を上げる学資ローン業界が政府と癒着し規制緩和が進んだ結果、学生達は延滞金が膨れ上がっても自己破産が出来なくなった。政府が「教育改革」の名の下に教育に競争を導入し、学生達が学費や学資ローン肩代わりを条件に入隊する「経済徴兵制」を筆者が「ルポ・貧困大国アメリカⅡ」で書いたのは2009年だ。

 

日本の学資ローンの現状をみると、見事にアメリカの後追いをしているのがわかる。安保法制で若者が戦場に行く可能性が議論になっているが、憲法改正せずとも、今のまま国が教育予算削減を続ければ日本でもこの「経済徴兵制」で、子ども達は自ら入隊するようになるだろう。オバマ政権下で勢いを増した公立学校の民間化も、日本では国家戦略特区で解禁される見通しだ。

 

今夏の選挙を前に自民党から出た給付型奨学金枠新設の目指す先がどっちを向いているのを、有権者は注意深く見る必要があるだろう。今や「教育ビジネス」はグローバルな投資先の一つとして注目されており、安倍政権の目指す「世界一ビジネスがしやすい日本」というスローガンと合致するからだ。

 

一体私たちはこの国の「教育」の位置づけを、ヨーロッパのような国力としての「市民育成」か、それともアメリカのような「産業」にしたいのか?少子高齢化問題に直面する多くの先進国が【教育】に投資するのは、将来の税収確保という意味でも財政的に高齢者を支えることになるからだ。資源の乏しいこの国で、目先ではなく長期にわたり持続可能な、真の経済政策が求められている。

 

週刊現代「ジャーナリストの目」2016年4月号掲載記事