ジャーナリスト堤未果
2015年11月13日。パリ七カ所で起きた同時多発テロは、129人の死者と350人以上の重軽傷者を出した。オランド大統領は即座に「国内非常事態」を宣言、同攻撃を「戦争行為」と表現し、15日にシリア領内のISIL拠点への大規模空爆を開始する。
昨今起きた事件の数々と同じように、今回もテロ実行犯たちが現場にしっかりと身分証明書(パスポート)を残した事や、テロが公式攻撃演習のタイミングと一致していた事、そもそものイスラム国が生まれた経緯などは、欧米の商業マスコミでは一切追及されていない。
代わりに大国のリーダーたちは次々に「対テロ戦争強化」を高らかに宣言、日本では与党幹事長がテロ対策としての【共謀罪】の必要性に言及し、外務省はテロに詳しい非常勤スタッフの募集をかけた。
だが一体何故?
SNSのページにフランス国旗を貼りつける事で追悼の意を表明する沢山の人々は首をかしげる。何故大国の軍事力をもってしても、イスラム国によるテロはなくならないのだろう?一体どうしたら、この悲劇の連鎖をとめられるのか?
「対テロ戦争予算」は莫大だ。米国国防総省のデータによると、2014年8月から始まった「対イスラム国措置」にかかった費用は2015年10月時点で5億ドル(500億円)、一日1100万ドル(11億円)の税金が費やされている。一方世界武器輸出ランキング4位であるフランス軍需産業の今年の武器受注額は去年の倍額の150億ユーロ(約2兆円)と、こちらも中東テロ特需の恩恵では負けていない
だがこれらの国々のマスコミが「対テロ防止措置」とソフトに表現する、16000回超の空爆の実態は、シリアとイラクに対する明らかな戦闘行為だ。緊急会見の席でパリのテロ事件を「イスラム国による戦争」と呼んだオランド大統領にとって、事件直前のフランス軍によるシリア空爆は全く別のものなのか。
そして何十万人ものシリア国民と何百万人ものイラク国民が犠牲になる一方で、肝心のイスラム国によるテロは減るどころか拡大を続けている。これについて米国中東危機管理実行委員会のスタンレー・ヘラー会長はこう語る。「イスラム国のテロを止める為に米国民が出来る最大のことは、米国政府にサウジアラビアへの武器輸出を止めるよう自国政府に要請する事だ」
イスラム国を支援するサウジアラビア、カタール、トルコを通してテロリストの手に渡る武器はアメリカ製だけではない。武器輸出大国フランスからも支援国や武器商人を介して流れ、イスラム国の勢力をますます強化しているだろう。
トルコで開かれたG20の席でオバマ大統領はイスラム国に対する対テロ戦争への一致団結を呼びかけた。一つはっきりしている事は、終わりのない〈対テロ戦争〉が確実に、大国の軍産複合体を潤わせ続けることだ。パリのテロ事件を受けてノースロップ・グラマン 社、ロッキード・マーチン社、レイセオン社など軍需産業の株価は軒並み急上昇している。私たちは今こそ熟考すべきだろう。一体テロリストとは誰なのか?
彼らを生み、育てている力と、情緒的な報道で麻痺させられた国民の想像力について。安保法制で弾みがついた、国策としての武器産業強化が、日本国内の軍需産業と警備関連産業にいま、近未来への勝算と、熱い期待を抱かせていることの意味を。
週刊現代「ジャーナリストの目」 2015年11月号掲載記事