ジャーナリスト  堤 未果

 

2014年8月9日。

アメリカミズーリ州セントルイス郡ファーガソンで、十八歳の黒人少年マイケル・ブラウンが、警官に射殺される事件が起きた。

同郡は人口わずか二万一千人のうち六割が黒人、地元警察の九割は白人が占めている。米国で予算不足に苦しむ自治体の多くは、交通違反切符の罰金に頼るケースが少なくない。

歪んだ経済的動機を根深い人種差別が後押しし、黒人住民への職務質問が圧倒的に多いのだ。

日頃からそうした警察のやり方に不満をためていた住民の怒りは、加害者の白人警官が無罪になった事をきっかけに爆発した。

激化する抗議デモは略奪にまで発展し、ニクソン州知事は非常事態宣言を発動、それはまるで一九九八年にLAで起きた「ロドニーキング事件」を思わせる。複数の白人警官が一人の黒人運転手を暴行した動画が拡散したことをきっかけに、抗議デモが略奪に発展した事件だ。

 

だがあの時と一つだけ大きく違うのは、事件の直後に繰り広げられたデモ鎮圧の光景だろう。

戦闘服を着用し、アサルトライフル銃で武装したファーガソン郡警察が、デモ隊に向けて次々にゴム弾や催涙ガスを使用、最後は装甲車で住民を排除した。

ワシントンポスト紙とハフィントン・ポストの記者二名は、マクドナルドからの退去命令に即従わなかったという理由から、警察の特殊部隊に逮捕された事を後に自身のブログやツイッターで拡散。その証言によると、武装警察は拡声器で、これ以上の集会の禁止と、従わなければ逮捕すると威嚇したという。

記者達が動かないでいると、やがて耳をつんざくような音が響き渡った。LRADと呼ばれる、通常戦場で敵に向けて使用される音響兵器だ。

 

9.11以降、アメリカ政府は「テロとの戦い」を理由に全米各地の警察に武器購入の助成金を提供し、警察の軍事化を進めてきた。だがその結果、過剰な軍備の矛先はテロの脅威でなく地域住民に向けられている。

今回の事態をみたひとりの下院議員は、政府による地方警察への武器供給を規制する法改正を提案したが、莫大な利権と化したテロ対策予算に、果たして歯止めをかけられるだろうか。

 

ファガーソン郡武装警察による住民や記者への暴挙は瞬く間にネットで拡散され、全米各地で警察の暴力に対する抗議デモが再燃し始めた。

 

ウォール街前で平和集会をしていた最中に警察に催涙弾を投げられたというブロンクス在住のマリー・コーウェンは、この事件は単なる人種差別問題をはるかに超えていると警鐘を鳴らす。

「今全米で起きている非常に深刻な事態の、氷山の一角なのです。今はまだこうして市民が現場から動画などで真実を伝えられますが、やがてその手段も取り上げられるかも知れません」

マリーの危惧は決して誇張ではないだろう。カリフォルニア州議会では、スマートフォンに停止機能搭載を義務づける法案が通過している。

 

折しも今年は公民権運動から五十周年を迎えるアメリカで、キング牧師の憂いた人種問題は、今別の目的に向かってゆがめられ、権力を暴走させている。

 

一方国連人権委員会からヘイトスピーチ規制勧告を受けた日本政府内では、何故か311直後から続いている官邸前デモを取り締まる法改正についての議論が始まった。規制対象とその定義、警察権限の拡大が、一歩間違えればどういう結果をもたらすかを、私たちは慎重に検証する必要があるだろう。

ミズーリ州が露呈したアメリカ社会の変質が鳴らす警鐘は、いまや他人事ではないのだから。

 

 

週刊現代 連載 「ジャーナリストの目」掲載