ジャーナリスト 堤未果
いよいよ2015年10月より日本国民ひとりひとりに個人番号がつけられる。2016年より運用開始されるこの【マイナンバー制度】は、行政サービスや税金手続き、災害時の情報共有が簡単になる事に加え、生活保護不正受給対策としてのねらいもあるという。いずれ個人の資産情報とも連動させ、納税漏れ防止にも使う方針だ。国民はこれから、確定申告や年金、雇用保険に医療保険などの手続きや、各種福祉の給付申告の際、マイナンバーの記載を求められる事になる。
だがこの制度は、現時点で、沢山の懸念が指摘されている。
最大の問題はセキュリティだ。例えば日本医師会は、政府が今年五月の産業競争力会議で打ち出した、2020年までに同カードの利用範囲を個人の医療情報にも拡大し、健康保険証としても使えるしくみを導入するという方針について指摘する。病歴や障害の有無、通院履歴や医薬品の購買履歴などは、漏えいすれば就職や住宅ローン、保険加入の合否を左右する上、差別の温床となるリスクも高めるからだ。
推進派は、「マイナンバー制度は諸外国では常識、日本は著しく遅れている」と主張するが、こうした漏えいリスクに関する導入国での状況は、他人事では済まされないレベルに達している。
同様の制度である社会保障番号制度を、1936年以降導入しているアメリカでは、不法移民や家族間でのなりすまし被害やカードの不正売買が後を絶たず、すでに深刻な社会問題だ。
個人登録番号制度を持つ韓国では、中国からのハッキングにより国民の七割の個人情報が流出、クレジットカード不正利用被害が20万件を超えた。同制度の再整備自体に国民から反対の声が出ているという。
一方政府は再来年の消費税増税にともない、購入時にマイナンバーカードを提示すれば、飲食品に2%の税を還付することを提案。こうすれば3千億円かけて作る天下りセンターこと「軽減税率ポイント蓄積センター」に購買履歴が記録され、後で払い戻されるという訳だ。個人情報がつまった大事なカードを持ち歩く際のリスクについては、番号を見られないよう、総務省が国民に、一部目隠し型のカードケースをもれなく配布してくれるという。厚生省の年金情報流出問題が表ざたになって間もない今、国民への不安払拭対策がこれだとしたら笑えないジョークだろう。
カード自体を作りたくない国民に選択肢はあるのだろうか?番号自体はふられるものの、自治体から送られてくるマイナンバーカード自体は受け取り拒否が可能だ。その場合カードは発送元の役所で一定時期を経て廃棄される。カードを持つ人が少なければ、あるいは制度自体が機能しなくなる可能性もあるだろう。だが政府はすでに先手を打ち、来年4月から5億4千万円の税金をかけ、国家公務員64万人の身分証明書とマイナンバーの連動を義務化させる。
1983年に「納税者番号制度」を撤回した自民党、今回は同制度の市場価値に熱い視線を注ぐ、経済界の期待に応える気満々なのは明らかだ。
システム構築の初期費用は約2700億円、導入後の維持費用が年間数百億円、民間企業やセキュリティ業界など、マイナンバー制度は官民合わせて3兆円という巨大な市場規模が見こまれている。
世論の目が安保法制一本に向いているいま、国民がこの制度の重要性と矛盾に気づいて声をあげるのが先か、政府が外堀を埋め、マイナンバーがなければ生きづらい社会環境が整備されるのが先か、時間との勝負になるだろう。
週刊現代「ジャーナリストの目」2015年9月号掲載