ジャーナリスト 堤未果

二〇一五年四月二十八日。衆議院で「国民健康保険法改正」が通過した。同法改正の一部、「患者申出療養制度」について、多くの医療従事者や患者団体、野党議員などからあがっている疑問の声を、一体どれだけの国民が知っているだろう?

「混合診療」は、国民の医療費負担増大と安全性・有効性の担保がされない医療拡大への懸念から、日本では原則禁止されてきた。だが政府の規制改革会議の強い要望を受け、2006年から「保険外併用療養費制度」として,一部例外的な適用が開始されている。保険収載を前提とした薬剤や医療機器の治験と先進医療などの「評価療養」と、差額ベッドなど保険に関係ない「選定療養」の二種だ。

今回の「患者申出療養制度」では、これまで申請は一部医療機関側に限られていたのが、「患者側からの要望」にまで拡大されることになる。

患者は医師から紹介された臨床研究中核病院もしくは特定機能病院の専門部署で、未承認薬の安全性・有効性について説明を受ける。その後医療機関側が、患者が納得したという署名付き同意書を添付した申請書を国に提出するという流れだ。

だがここでいくつかの疑問が出る。まず現時点で医療法に基づいて認定された臨床研究中核病院は一つもない。もう一つの選択肢は特定機能病院だが、果たして病院側に、申請前で治験も審査もされていない未承認薬の安全性・有効性に関する説明材料が、どれだけあるというのだろう?

また、患者の同意署名付きの申請が受理された後、未承認薬の安全審査は、従来のように治験を通さずとも国の審査会判断のみで承認結果が出るようになる。そして現行6か月の審査期間が6週間に、二回目以降は2週間に短縮されるのだ。さらに一度承認された前例さえあれば、二回目以降は自動的に全国の医療機関で実施できるという。

つまり患者は安全審査の結果が出る前段階の説明を受け、治験でなく審査会でスピード承認された新薬を自己負担で使う事になる。

では有害事象が起きた時の責任の所在はどうなるのか?「治験」であれば、製薬メーカー側が入る保険や政府保障など、法的に担保されている。「評価療養」では保険に入っている医療機関はまだ半数だ。だが「患者申出療養」に関しては、この肝心の被害賠償についてまだ明確に決まっていないという。

また、日本では以前から、カルテ保存期間自体が短すぎるという問題が指摘されている。製薬会社との利益相反によるデータ改ざんが問題になった「ディオバン事件」の際、カルテが残っておらず検証不能だった問題は、未だに総括されていない。

政府は今回の規制緩和はあくまでも「例外」だという。だが本筋である、先進医療の保険収載に必要な症例積み上げの為の専門医や設備自体、日本ではまだまだ不充分だ。「患者のため」を掲げるならば、書類審査のみで承認する新制度の拙速な導入よりも、安全が担保された薬を保険で使いたいという患者の声に耳を傾け、それが反映されるしくみを先に整備する事が先ではないか。

国民のいのちと健康に関わる重要な法改正、それは一体誰のためなのか。危機感を感じざるを得ない。

週刊現代「ジャーナリストの目」連載記事